銀の匙silverspoon8巻感想
荒川弘は三代続いた開拓農家の、5人きょうだいの四女。7つ下の弟が進路を決めるまでという約束で稼業を手伝い、そして弟 が継がないと決まった時、25の彼女は初めて投稿した漫画で得た賞金を手に、その年のうち に家を出た。
今、彼女の実家に後継ぎはいない。
8巻はぐっと来るシーンが一杯だった。
初めて「銀の匙」の意味を語らせ、その幸福感を突き落とす展開にはこうくるか!と唸った。
アキの涙からはじまった秋の巻の終わらせ方も、それを受けての冬の巻の幕開けも、すごい演出だと心が震えた。
八軒が「だいっ嫌いだ!」と叫ぶ場面は今までで一番、心が熱くなった。
重いテーマでも緩急を忘れない上手さにやられた。
でも私が、ああ!と思ったのは、八軒がアキのじいちゃんのトラックに乗り駒場牧場へ向かうシーン。
ここに、荒川弘が滅多に使わない、モノローグがある。
四角い枠線で囲み、主人公の心の声を書く、モノローグ。
八軒は、そこまで言うの?というくらい、何でも口にするキャラだ。
それはごくごく普通の男の子が、主人公として物語を回す手段。
荒川弘は、伝えるべきことは幾分わざとらしくてもキャラに台詞で言わせるし、言葉にできない感情は絵で表す。
だから主人公による場面解説でもあるモノローグを使わない。
だからこのページだって、隣にじいちゃんがいるのだからフキダシにして台詞で言わせたっていい。今までの八軒からして少しも不自然じゃない。
でも、モノローグ。
私はこのとき、ここから先の景色は今までと違う、と予感した。三人称の小説が一人称に転じたかのような感覚だった。
駒場の農場が終わるとき。
今までと同じに淡々と。いくらでもドラマティックにできるのに、そういった少年漫画的技法を控え、ただ突っ立って見ているしかない八軒たちの描写。
そして空になった牛舎。
このモノローグは、きっと、私が想像だってできない荒川弘の思いの、その現れなんだ。
私は今、そんなふうに思っています。
インタビューでは答えても、百姓貴族では語らない、後継ぎの話。
荒川弘は夢を取った。その背に農家が潰えるリアルを置いて。
それをフィクションでどう描くのか。
家の外へ向かう希望をアキに、廃農の悲しみを駒場に分け、 少年漫画のエンタメとして成立させたその巧さ。
私は荒川弘のすごさを改めて感じました。
そういえば、銀の匙の連載告知カットは、八軒の両隣にアキと駒場だった。
夢の無い少年を真ん中に、家族のために夢を諦める少年と、夢のために家族を振り切る少女と。
彼らは三人とも、己の夢は何か、という同じテーマを抱えていた。それが告知カットだった。
そうだ、だからやっぱり、銀の匙は農業の話じゃないんだ。
農業というユニークで素晴らしい舞台装置の上で、夢とは何か、己の進むべき道は何か、を、八軒たちと一緒に考えていく、そういう物語なんだ。
ホットミルクの温もり。
初の女子入浴シーンなのに、笑える演出。
読者の心をほっと軽くする。
私は、銀の匙が大好きです。